住職法話

酸いも甘いも

住職法話| 18 /23

「酸いも甘いも噛み分けた人」という言葉を耳にします。人生経験豊かで、世間の事情や人の心の機微によく通じている人、という意味です。人が生きていく上で、困難や苦労は避けて通れないものです。

その時、それらを進んで受け止め、失敗や不調を繰り返した末にそれらを克服することができれば、大きな喜びや自信になり、その人の心は鍛えられていきます。

また、周囲の協力や支えがあった場合には、それらを味わい感謝することによって人生の機微を会得し、その都度人格も向上していくものと思います。

反対に、困難や苦労も知らず、或いは避けて過ごしてきた人は、「酸いも甘いも噛み分けた人」からはほど遠く、自らの人生を自力で切り開いていく意志も力も備わらず、ひ弱で依頼心の強い人間になりがちです。そして、人にとって大切な感謝の心すら無くなってしまいます。

「酸いも甘いも」ようするに「苦労と喜び」をいかに人生のなかで経験していくことが大切であるかということです。

苦しみばかりの人生には感謝の心が芽生えません、逆に喜びばかりの人生にも感謝の心は芽生えません。

何故か?

それは、「苦しみとか喜び」そのことが当たり前になってしまうからです。

震災後、現地では水道の蛇口を回しても水が出ないという状況が暫く続き、給水車に列をなして順番を待ち、やっと手に入れる。

震災前には経験しなかった事でしょう。

水が出ることが当たり前になっている生活を送っていた時には、水道の蛇口から水が出ても、そこには感謝の心はなかったはずです。

今、あなたは朝顔を洗うときに「あぁ水がでる、ありがたい」食事の支度で「お米が研げる、お野菜を洗える、まあなんとありがたいことか」と感謝しながら生活しているでしょうか。

苦しみでも、喜びでも、そのことが、当たり前になってしまったとき、そこには感謝の心が芽生えなくなってしまうのです。

病気になったとき健康のありがたさがわかるように、「酸いも甘いも」「苦楽」を経験するからこそ、人は感謝の心が芽生えるのです

人生で苦労して得た貴重な体験こそ、その人の誇りであり、その後長くその人の自信につながっていき、感謝の心を芽生えさす大きな財産になっていくのです。

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