住職法話

世界平和は忘己利他の心で

住職法話| 19 /23

争う心で平和を唱えても

   世の中は平和にはならない

この世の中は、人それぞれがお互いに助け合い、持ちつ持たれつしながら仲良くしていくところに平和が生まれるのです。

しかし現実には、いたる所で争い事が起きています。これは人間の心の中に自己中心の思いが渦巻き、争い・憎しみの心が、常に息づいているからです。自分の欲望だけを満足させるために、他人の考え方や意見を無理に押さえつけ自分の主張だけを通そうとしたり、自分の我が儘、自分だけの自由(心)奔放さを求めて、他人の自由(心)を認めないようなことでは、常に争いが起こるのは当然で、平和など望むべくもありません。

では、なぜそのような争いのこころが起こるのでしょうか。

欲には善い欲と悪い欲があります。

他の為を計り、すべてを幸せにしようと考えることが出来る調和の心、仏教で言うところの「和」(なごむ)という心

自分以外の他はどうでもいい、己の事しか考えられないという利己主義的な三毒の心

三毒とは、人の心を毒す代表的な煩悩が三つです。
「貪欲(どんよく)」、「瞋恚(しんに)」、「愚痴(ぐち)」、略して「貪(とん)」、「瞋(じん)」、「痴(ち)」といい、これを三毒とよんでいます。
「貪欲」とは、むさぼりの心であり、自分だけがうまいことをしようとする強欲な心。

「瞋恚(しんに)」とは怒りの心です。

「瞋恚」の瞋(いか)りは、目くじらを立て猛烈に瞋ることであり、恚(いか)りは、恨みに恨んで恚る心。「瞋恚」とは、妬んだり僻んだり嫉妬心から、いかる心。
よく怒る人は、欲が深く執着の心から離れられないと言います。

「愚痴(ぐち)」とは。
自分の望みがかなえられない、となると、愚かな喧嘩(戦争)をはじめる。
それに負けると、こんどは愚痴をいったり困ることをする。

結局はすべて自分中心でしか物事を考えられない心です。

そこで、私達は「忘己利他」を実践しなくてはなりません。自分だけが良ければいいという利己を押さえ、他の人も良かれと思う気持ちを持つことです。

・他が幸せになること
・自分が幸せになること
・すべてが幸せになること

この三つのことを祈り実践することが大切です。

真(しん)の平和を唱えるのなら、口先だけでなく一人一人が心の平和を心がけ、争いの原因となる自己中心の心や、偏狭(へんきょう)なひとりよがりの心を取り去り、互いに助け合い仲良くしていくより外(ほか)はありません。これが、広くは世界、社会、国家、職場の平和から、そして家庭、個人の交際まで同じように目指して実践して行きましょう。

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